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大阪地方裁判所 昭和32年(タ)39号 判決 1960年3月26日

原告 山本タミ子

被告 山本武夫(いずれも仮名)

主文

一、昭和三十一年十月三十一日大阪市西成区長に対してなした原告と被告との協議離婚は無効なることを確認する。

二、原告と被告とを離婚する。

三、被告は原告に対し金十五万円及びこれに対する昭和三十二年五月十一日より右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四、原告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

六、この判決は原告において金五万円の担保を供するときは第三項に限り仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「主文第一、二項と同旨、原、被告の長女春子長男広一(ともに昭和二十三年十月二十三日生)の親権者を原告と定める。被告は原告に対し金三十万円及びこれに対する昭和三十二年五月十一日より右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決並びに右のうち金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原、被告は昭和十五年十一月十九日見合の上内縁の夫婦となり、昭和十七年七月二十七日婚姻の届出をなし、原告の妹と某男との間に昭和二十三年十月二十三日、春子、広一の双生児が出生したので、原、被告は右両児を、いずれも、原、被告間に出生した長女、長男として届出で、その内春子は右某男において養育することとなり、広一は、その出生当時より原、被告の許において養育されているものである。

二、原、被告が右内縁関係を結んだ当時、被告は工員として働いていたが、その給料が少なかつたので、原告も又工員として働いたり或は内職をし、時には原告の身内より物的援助を受けて収入の途を講じ、終始不足勝な夫被告の収入を補い、長男広一の養育と家事に従事し、被告が昭和二十五年秋頃、小学校の校務員になつたので、漸く不足ながらも安定した生活の途が開けたように思われた。

三、ところが被告は、いつの間にか訴外林良子と親しくなり、同女と肉体関係を結び、昭和三十一年七月二十二日何らの予告なく、原告を遺棄して家出し、大阪市西成区梅南通八丁目七番地川田実方において右訴外人と同棲するに至り、全く被告を顧みなくなつた。

四、然し原告は、その実母タマヱ等の勧告に従い、隠忍自重し被告の復帰を待つていたが、昭和三十一年十二月頃被告と右訴外人とが婚姻の届出をしたことを聞いたので調査したところ、被告が勝手に原告との協議離婚届書の原告及び証人の氏名を冒書し、その名下にそれぞれ偽造印を押捺し、前述春子及び広一の親権者を被告と指定して、これを昭和三十一年十月三十一日大阪市西成区長に提出し、次いでその翌同年十一月一日被告と前述訴外人との婚姻届をしたことが判明した。

五、然しながら前述のとおり、右協議離婚届は被告の偽造にかかるもので、原、被告間に離婚につき何ら協議が成立したことがないのであるから原告は被告に対し右届出による離婚の無効なることの確認を求める。

六、而して前述のとおり被告に不貞な行為があり、原告は被告から悪意で遺棄されたものであり、又被告の協議離婚偽造行為は原告に対する許されざる背信行為で婚姻を継続し難い重大な事由であるから原告は改めて被告に対し離婚を求める。

七、次に前述の如き被告の不貞、悪意の遺棄、及び離婚届書偽造行使に基因し、離婚の已むなきに至つたことにより原告は重大な精神的打撃を蒙つており、原告は被告に対し、その慰藉料の一部として金十五万円の支払を求める。

八、尚前述のとおり原、被告の長女春子は他家において養育されているが、長男広一は前述被告家出後も引続き原告に養育されており不信な被告を右長女、長男の親権者と定めることは子供の不幸を招来すること必定であるから右二子の親権者を原告と定められたく、

九、又右長男広一は現在小学校五年生で、学費、養育費に最低一月金六千円を要することは疑い得ないところであるから、原告は被告に対し右広一が満十八歳に達するまでに要する監護教育費の内金十五万円の支払を求める。

十、よつて原告は被告に対し前述慰藉料の金十五万円と右金十五万円との合計金三十万円に対する本件訴状が被告に送達された昭和三十二年五月十日の翌日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」旨陳述し、

十一、被告の抗弁に対し、「被告がその所有の男物洋服一着、着物三枚を置いて家出したことは認めるが、その余の事実は否認する、原告が被告から金二十万円に相当する家屋賃借権を譲受けたことなく、原、被告が共同で賃借していた原告現住家屋を原告が単独で賃借するに至つたものに過ぎず、右家屋の家主が賃借権の譲渡を承認していないから右家屋賃借権に金二十万円の価値なく、被告主張のタンスは原告所有のものであり、その余の蒲団、机、ラヂオ、プレヤーは原、被告が共同生活中に購入した物で、原、被告の共有物であつて、これらと前述被告の洋服一着、着物三着を換金するとしても合計金千円にもならぬ程度のものである」旨陳述し、

十二、立証として甲第一ないし第九号証を提出し、証人下吉田俊雄、同森山冬子、及び原告本人の各尋問を求めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、「原告主張の請求原因中一ないし四記載の事実はこれを認めるがその余の事実は否認する。原告の監護教育費の請求について原告主張の如く広一は被告の子でないから被告がその監護教育費用を支払う筋合でない」旨陳述し、

二、抗弁として、「仮りに被告が原告に対し慰藉料支払債務があるとしても、被告は既に原告に対し、被告所有の原告現住家屋の賃借権(約金二十万円相当)と蒲団、タンス、机、ラヂオ、プレーヤー、男物洋服三着、着物三枚、被告の母が着ていた着物数枚(この合計約六万円相当)を提供しているから、これ以上被告に慰藉料支払義務はない。」旨陳述し、

三、立証として被告本人の尋問を求め、甲号各証の成立を認める旨陳べた。

理由

一、その方式及び趣旨により真正なる公文書と推定する甲第九号証(戸籍謄本)によれば、原、被告が昭和十七年七月二十七日婚姻したこと及び原、被告の協議離婚届が昭和三十一年十月三十一日大阪市西成区長に対し提出され、同日受付けられたことが認められる。

二、そこで右離婚届による原、被告の協議離婚が無効か否かについて判断するに、いずれも、その方式及趣旨により真正なる公文書と推定する甲第一号証(起訴状)、同第二号証(第一回公判調書)、同第三号証(松田牛太郎供述調書)、同第六号証(被告昭和三十二年五月八日供述調書)、同第七号証(被告同年十月九日供述調書)、同八号証(被告同年十一月二日供述調書)前記甲第九号証、証人森山冬子の証言、原告本人尋問の結果及び被告本人の供述の一部を綜合すれば、原、被告は昭和十五年十一月十九日(原告は当時二十二才にして初婚、被告は当時二十八才)の内縁の夫婦となり、兵庫県尼崎市大物において同棲し、被告は工員をしたり或は建築手伝をしたりして働いたがその給料だけでは原、被告らの生活を維持するに十分でなかつたため、原告も又女工等をして収入を得て、家計の不足を補い、昭和二十五年頃、原、被告らが大阪市西成区引船町二番地の原告現住家屋に移転し、被告が同区椿小学校の校務員に就職して後も、原告は引続き女工をしたり或は内職をして収入を得て生活費の足しにし、原被告は経済的には不足勝ながらも平穏な夫婦生活を送つて来たところ、被告が昭和三十一年一月頃、被告の勤務する学校地区の日赤奉仕団の事務員をしていた訴外林良子(当時三十一才)と懇意になるに及び外泊することも多くなり、同年四月頃、原、被告の間を憂慮した原告の妹の夫である訴外松田牛太郎や被告の従弟にあたる訴外小川三平が被告に右訴外人との関係を絶つべく勧めたが、被告はこれに応ぜず寧ろ原告との離婚を希望し、原告は被告との離婚を承諾しなかつたので話し合いのできないまゝ手を引いたところ、被告は昭和三十一年七月二十二日、前記家屋に原告をおいたまま家出し、訴外林良子と同棲生活を始め、原告に対し、その生活費を少しも渡さなくなり、同訴外人と婚姻するために原告と協議離婚を希望したが、原告がこれに応じそうもなかつたので、昭和三十一年十月三十一日大阪市西成区皿池町三四番地行政書士井上事務所で、情を知らない同人をして原告や訴外森山タマヱ、訴外森山冬子の承諾がないのに、原告ら不知の間に、勝手に、届出人として原告の氏名を、証人として右訴外両名の氏名をそれぞれ記載させ、その各名下に有合印を押捺させ、その他所要事項を記載させ、原、被告連署の、大阪市西成区長宛の原、被告間の協議離婚届書二通を偽造し、同日右区長に提出し、受附けられて、情を知らない同区戸籍吏員をして戸籍簿に、原、被告が協議離婚した旨の不実の記載をさせ、その翌同年十一月一日被告と訴外林良子との婚姻届を右区長に提出し、被告は右私文書偽造行使、公正証書原本不実記載の罪により昭和三十二年十一月大阪地方裁判所において懲役一年執行猶予二年の判決言渡を受け、右判決は確定した。而して被告は訴外林良子との間に既に二子を儲け、原告は今や被告に対し何らの愛情を持たなくなつたことを認定することができ右認定に反する被告本人の供述部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定によると、昭和三十一年十月三十一日大阪市西成区長に対してなされた原告と被告との協議離婚届は全く原告に離婚する意思なくしてなされたものであるから、右届出による協議離婚は無効のものであるといわなければならない。

而して戸籍は身分関係を公証する唯一の公簿で、その記載は常に真実の身分関係に合致していなければならないものであるから、原、被告の前記協議離婚届出の記載はその戸籍簿より消除されねばならず、そのためには確定判決を要するので、原告は右離婚無効の確定を求める法律上の利益を有するものである。よつて右離婚無効確認を求める原告の請求は理由がある。

二、次に原告は被告との離婚を求めるので、原告主張の離婚原因の存否について考えるに、前段認定事実によれば、被告は原告との婚姻中に訴外林良子と継続的な肉体関係を結び両者間に二子まで出生しており、これは正に民法第七七〇条第一項第一号所定の配偶者に不貞な行為があつたときに該当し、又、右認定事実中、被告は昭和三十一年七月二十二日正当な理由なくして家出し、右訴外林良子と同棲生活を始め、原告に対し、少しもその生活費を交付しなくなつたことは、民法第七七〇条第一項第二号所定の「配偶者から悪意で遺棄されたとき」に該当し、本件訴訟に顕われた一切の事情を考慮しても、原、被告の婚姻の継続を相当とするとは考えられず、又、前段認定事実中被告が原告との協議離婚届を偽造行使したことは他の諸事情と相まつて、原、被告の婚姻を被告の責に帰すべき事由に因り破綻させたもので同条第一項第五号所定の「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するものというべく、原告の被告に対し離婚を求める請求は理由がある。

三、尚無効な離婚は本来無効であつて、判決によつて無効が確定されるまでは離婚が有効であるというものではなく、只離婚は届出によつて効力を生ずべき行為であるから無効な離婚も、それが一且戸籍に記載されると、それを訂正するためには家庭裁判所の許可か或は確定判決を必要とするだけであつて、無効な離婚は戸籍上のみ離婚し、実質上、法律上離婚していない状態即ちその当事者は尚婚姻中にあるものと解すべきであるから、離婚無効確認とを同時に言渡すことは可能である。

四、又、協議離婚無効確認の訴については人事訴訟法に規定はないが、婚姻無効の訴に準じ、人事訴訟法中婚姻無効の訴に関する規定を準用して取扱わるべきであり、人事訴訟においては紛争の一挙的解決と審理の集中をはかるため、同一の身分関係に関する同種事件については訴の併合が許されており、人事訴訟法第七条第一項列記の訴の外に離婚無効の訴も含まれているものと解すべきであるから、本件の如く離婚無効の訴と離婚の訴とは併合して提起することができるものといわなければならない。

五、次に原告請求の慰藉料について判断する。

まず被告に慰藉料支払の義務があるかどうかについて考えるに、前記(二)認定のように被告は原告を遺棄して家出し、原告以外の女性と継続的に肉体関係を持ち、その上に原告との協議離婚届を偽造行使して、原告をして被告との婚姻を継続し難い状態に立至らしめたものであるから、原告がそれによつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料を支払う義務があることはいうまでもない。

そこで慰藉料の額について考えるに、前記(二)認定のように原告は二十二才の時初婚で被告と内縁の夫婦となり自来被告が家出するまで十六年間に亘つて被告と共にその生活を維持するため孜孜として働き続け、責むべき点なくして、被告に全責任のある前記離婚原因の存在を理由として被告と離婚するの已むなきに至つたもので、前記甲第九号証によつて認められる原告の年令(四十一才)に徴して原告が今後再婚することは殆ど望まれないことが推測され、原告の被る精神的苦痛は極めて甚大であると認められる。而して原告本人の供述によれば、原告は現在さして広くもない現住家屋の三部屋を他人に転貸して得る一月合計金八千円の賃料と原告が働いて得る一月金四千円の収入を以て前記広一と共に辛うじて生活していることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

一方被告本人の供述によれば、被告は前記のとおり刑の言渡を受けたことにより昭和三十四年二月校務員を退職させられ、現在は画報の販売人となつて日給金三百五十円を得て訴外林良子と幼児二人の親子四人で暮しておることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、右認定によれば被告の生活も又決して豊であるとはいえないことが分る。

次に被告の抗弁について考えるに、前記甲第二号証には「仲介人に借家の権利金二十万円を原告に譲る旨話した」旨の記載があり、被告本人は、「原告現住の家で二十万円の権利金は取れると思う」旨を供述しているが、これを以ても被告が金二十万円相当の家屋賃借権を原告に譲渡したことを認定するに足らず、却つて原告本人の供述によれば、従来原、被告が共同で賃借していた原告現住家屋を原告が単独で賃借するに至つたに過ぎないことが認められるので被告の賃借権譲渡の抗弁は採用できない。

次に被告所有の洋服一着と着物三枚を原告の下においてあることは当事者間に争はないが、右動産の価格について被告は何ら立証しないのでその評価は不明である。原告本人及び被告本人の各供述を綜合すれば、被告は原告と共同で購入し、その共有に係る蒲団、タンス、机、ラジオ、プレーヤーの被告の持分権を原告に譲渡したこと、右動産の価格は合計約五万円であることが認定でき、右認定に反する証拠はなく、各共有者の持分は相均しいものと推定されるから被告は原告に対し金二万五千円相当の持分権を譲渡したものということができる。最後に被告は、その母の着物数枚を原告に提供したと主張するが、これを認むべき何らの証拠もない。

右認定のとおり被告の抗弁事実中その一部は肯認できるけれども、以上諸般の事情を綜合して被告から尚原告に対し少くとも金十五万円の慰藉料を支払わしめるのが相当であると認められるので、原告が被告に対し慰藉料金十五万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日であること記録編綴の郵便送達報告書によつて明な昭和三十二年五月十日の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

六、次に原告の親権者指定の申立及び監護費用の請求について判断する。

原告主張の春子及び広一が、戸籍上は原、被告の長女、長男として届出でられているが、実際は、原告と被告との間に出生した子ではなく、原告の妹森山初子と某男の間に出生した子であることは、前記甲第九号証、及び原告本人、被告本人の各供述によつて明かであり、又原、被告が右春子、広一と養子縁組をした立証もなく、戸籍に記載されたからと云つて、その記載どおりの身分を取得するものでないことはいうまでもないから原告が戸籍上、右春子、広一の母と記載されていても、真実の母でないから親権者となることはできず、又父でもなく、扶養義務者でもない被告に監護教育費用の負担を命ずることのできないことも勿論であるから、原告の、原告を右春子及び広一の親権者と定める申立及び、被告に金十五万円の監護教育費用の支払を求める請求は、いずれも理由がないから棄却するの外はない。

七、よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 常安政夫 仙田富士夫)

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